2013/03/18

湯の丸山スノーシューハイク

3/2-3で、約4ヵ月ぶりのオーバーナイト、湯の丸山へスノーシューハイクに行ってきた。今回もジャキさん、バダさんと。Leeは退院して間もないので残念だけど留守番だ。元気になったらまた一緒に行こうと伝えて家を出た。Leeのいないオーバーナイトハイクは2年半前の白峰三山以来か。

久しぶりすぎてパッキングに時間がかかり、2時間も眠れなかった。バダさんの車に乗せてもらったので移動は楽なんだけど。

湯の丸スキー場に車を停めていざ出発。夏に買っていたスノーシューをやっと試すことができる。初めてのスノーシューハイクなのでワクワクだ。

今回足回りは初めてのものが多い。

クランポンは置いていこうと思ったが、せっかくなので試してみることにした。まず装着はとても簡単でバックルでとめて絞めるだけ。最初少し履いて歩いてみただけだが、BD Contact Strap Cramponsに比べると、同じ10本爪でもずいぶん歩きやすい。爪の形状が大きく異なるのと、わずか3/4 inchの短い爪のためだろう。K10はAnton (Tony) Krupickaも愛用しているようで雪上でのトレイルランニングにも使えるようだ。

湯ノ丸高原キャンプ場あたりでスノーシューに履き替えた。

湯の丸山スノーハイク

しばらく歩くと鐘分岐に到着。ここからはトレースのない雪原を歩く。積雪のある季節しか歩けないルートこそスノーシューが楽しく感じる。

湯の丸山スノーハイク

スノーシューを履いていてもズボっといくこともある。いったいどれくらい積もっているのだろう。

湯の丸山スノーハイク

そして枝をかき分けながらコンコン平方面に下っていった。

湯の丸山スノーハイク

途中休憩した東屋からは、おはぎのようなかわいらしい山が見えた。そこから角間峠方面に進み、白樺に囲まれたフラットな場所を寝床にすることにする。

この日はかなり風が強く風向きもすぐに変わってしまうのでシェルターを張るのに苦労した。Easton Black 12" を四隅に使おうとしたが強風で抜けてしまうので、MHW X-Stake 25cmを試すと、こちらのほうがよく効いた。Eastonのペグは4辺に使った。ジャキさんに「抜けそうな場合はペグが抜けないような角度で枝とか他のペグとかで押さえるといいよ」とアドバイスをもらい、効きが弱いところは枝やスノーシューで補強した。

湯の丸山スノーハイク

風は相変わらず強く断続的に襲ってくる。外に出ても体温を奪われるだけなので、シェルターに籠もり、日が暮れる前に一足早く豚バラとキャベツの鍋(締めは餅)を平らげ一眠りした。20:00ごろに起きると風はいくぶん弱まっていた。

ジャキさんとバダさんも起きてきたので、バダさんのMLD DuoMidにお邪魔させてもらうと、スペースが広いのに加えて掘りごたつのような土間を掘っていたのですごく快適だった。次回は僕も挑戦してみよう。

外の気温は-16度でも3人いるシェルターはいくぶん暖かい。いや、決して暖かくはないのだが。いい時間になってきたので自分の寝床に戻って寝ることにする。温めた梅酒を飲むと体も温まっていつもより寝つきもよかった。

そして朝。5:30くらいには起きて残った鍋のスープに餅を入れて食べた。そのうち二人も目を覚ましたようだ。おはよう。

湯の丸山スノーハイク

朝ごはん第二弾は肉まんだ。Evernew Ti Ultralight Pot 900mlにシンデレラフィットする、Caldera Cone Sidewinder Ti-Triの焚き火用網をセットして蒸したところ、美味しくふっくらと出来上がった。ただ、その網がスチールだったようで錆びてしまったので次回までにステンレスのものを探しておこう。雪山の蒸し物はいいものだ。

撤収したら角間峠に向けて出発。La Sportiva Crossover GTXは冷たさも感じさせず凍ることもなく履きやすくかなり満足の一品だ。クラストが多いがたまに新雪の上を歩くと気持ちいい。目指すは左に見える湯の丸山。

湯の丸山スノーハイク

角間峠からは徐々に斜度もきつくなるが、霧氷の美しい森を歩くのは本当に気持ちいい。

湯の丸山スノーハイク

歩き疲れて後ろを振り返るとまた美しい景色が広がる。

湯の丸山スノーハイク

そして湯の丸山のピークへ。それまで誰にも会わなかったがここには大勢人がいた。バックカントリースキーを楽しむ人たちもちらほら。

あとは鐘分岐まで一気に下っていく。ソリがあったら楽しそうな場所だった。

湯の丸山スノーハイク

下山後の締めはやっぱり温泉で。温泉とそばがセットになっている珍しいところだった。

今回は最初から最後までバダさんプレゼンツの旅で存分にスノーシューハイクを楽しめたし運転もしてもらって感謝感謝だ。

Leeがいないのは残念だったけど次回また一緒に行ける日を楽しみにとっておこう。

2013/03/13

Leeの入院

バースデーハイクに行った数日後のこと。Leeが入院した。逆流性食道炎からの誤嚥性肺炎の疑いだった。

ある日、仕事から帰ってくると、昼間Leeが吐いたという。その時はたまにあることなので特に気に留めてなかったが、ご飯も食べなかった。ご飯を出しても、お皿のところまで行って食べたそうなのに食べないという状態がしばらく続いて、結局食べずにその場を離れた。その後様子を見ていると、よだれが多かったり、息が荒かったりしたので、何かおかしいということで、もしかしたら胃拡張などの可能性もあると妻と話し、夜間救急に連れて行くことにした。

その場での診断は逆流性食道炎ではないかとのこと。吐き気を抑える点滴を打ってもらい、炎症を抑える薬をもらってその日は家に帰った。翌日になっても食欲はあいかわらずないままで、嘔吐のない吐き気のような症状が断続的に続いたため、再び妻が病院に連れて行った。獣医さんは逆流性食道炎の治療を続けてみましょうという感じだったらしいが、妻が原因は肺ではないかと話し、念のためレントゲンと血液検査をしてほしいと伝え、いろいろと調べてもらった。

結果、肺の一部に白い影が写り、つまり正常に空気が入っておらず機能していない状態だった。

その日から入院となり、酸素室生活が始まった。その日の夜はずいぶん鳴いて点滴のチューブも引きちぎってしまったらしいが、翌日からはおとなしくしていたようだ。ちょうど症状が重くなってくるタイミングだったのだろう。入院の翌日には血液検査の結果、白血球の数値と炎症の数値が異常値を示していた。

それから一週間ほど入院生活が続いた。最初の数日は面会に行くと軽くしっぽを振るくらいであまり反応を示さなかったが、ある日様子を見に行くと、とても喜び興奮していた。その時に山は越えたと思った。その後数日して無事退院し、自宅で安静に過ごし、一週間後には肺の影も消えていた。かなり順調に回復しているようだ。まだ散歩には行けていないが、咳もなくなってきてLeeも元気そうなのでもう少ししたら行ってみようと思う。

今回やっぱり飼い主が一番わかっていてあげるべきだと痛感した。早期に治療を開始できるかどうかもそうだし、もし妻が獣医さんに提言できなければ治療が遅れ、Leeはそれだけ苦しみ、最悪の場合には死の可能性もある病気だった。

それから基礎体力とか免疫力も重要だ。Leeは基本的には健康的な暮らしをしていると思うので大事に至らず回復も早かったのかもしれない。

とにかく順調に回復してきて本当によかった。Leeがいない家は空虚な空間だった。普段Leeが部屋の隅でおとなしく寝ているときなど特に気に留めているわけではないのに、体はLeeをちゃんと感じていたということなのだろう。今回は初めての大きな病気だったが、これからさらに歳をとるにつれて、気をつけなくてはいけない。定期的な健康診断も考えたほうがいいかもしれないな。

2013/03/04

39th Birthday

39th Birthday

2/18で39になりました。手作りケーキでお祝い。よく見ると、ロウソクの文字がおかしいけど。

丹波天平バースデーハイク

2/17はLeeの誕生日ということで、家族でバースデーハイクへ行ってきた。人が少なくて雪の中で遊びまわれて息子でも歩けそうなところ、ということで、丹波天平を目指した。のめこい湯を起点にして丹波天平で雪遊びをし、下山後は温泉に入ってのんびりというプランだ。

丹波天平バースデーハイク

結論から言うと、敗退・・・

出発時間が遅かったのもあるし、5歳の息子にはちょっと歩きにくいトレイルでペース的にも体力的にも丹波天平まで行って遊ぶ時間も考えると難しいと判断し、あと少しのところで引き返すことにした。もう少し余裕を持って行くべきだった。それでもよくがんばって歩いたと思う。えらいぞ、息子よ。

丹波天平バースデーハイク

今回はLeeのバースデーハイクということで少しでも雪原を楽しませてあげようと、引き返す前に僕とLeeだけペースを上げて丹波天平まで行ってきた。そこまでのトレイルにはあまり雪もなかったけど、丹波天平は予想通り一面雪に覆われていた。妻と息子が待っているので少しだけ走り回ってすぐに駆け下りた。

丹波天平バースデーハイク

下山中、ソリ遊びができるくらいのちょうどいい雪のトレイルで、みんなで遊んで、息子も大喜びで笑顔が戻ってきた。

丹波天平バースデーハイク

丹波天平バースデーハイク

約5時間のハイクの道中、結局誰にも会わなかった。のめこい湯で疲れた体をほぐして、ご飯を食べて家路についた。息子もLeeもすぐにぐっすり。

丹波天平バースデーハイク

あっという間に9歳だけどまだまだ元気に遊べそうだ。と思っていたこの数日後に入院することになろうとは。それはまた別のエントリーで。

2013/02/16

高尾山天狗トレイル 2013

Takaosantengu_rod

人生初のトレランレース、高尾山天狗トレイル。前回の記事で書いたように、Run or Die (Run or Die)の忘年トレラントリップに参加して刺激を受け、その後すぐにエントリーしたレースだ。今年に入ってから走れるようになり1ヶ月でどこまでできるかが試される。そんな記念すべきイベントまでの記録を残しておきたい。

去年の秋に走り始めてすぐに故障を繰り返し、今年の元旦からまた走り始めた。そのときは多少足に違和感は残りつつもまた走れることが純粋に嬉しかった。ここでまた故障するわけにはいかないので慎重になりながらも、少しでも力をつけるためにある程度の負荷もかけなくてはいけない。その狭間でなんとか自分なりに考えながら、足の調子を確かめながら調整してきた。

平日は仕事から帰ってきて週2回ほどロードを走っていた。ただ、ロードを走ると違和感や痛みが出やすかった。そこで後半はなるべく平日もロードからトレイルを走るように切り替えた。ヘッドライトがあるとはいえ視界が狭くて危ないしイノシシの気配もプンプンする。それでも慣れてくればそれが普通になっていった。ちなみに平日の距離はロードもトレイルも5-6km程度だ。

週末はトレイルを走った。視界も良好でイノシシもいないトレイルのなんと走りやすいことか。平日よりも長い距離を走ってみた。ただ無理はせず適度に歩きもいれつつ気をつけた。ロードは未だに10kmも走ったことはないがトレイルなら10km以上でも意外に走れた。

レース2週間前には2日連続でRODメンバーが試走するというので僕も参加した。土曜日はコッシーさんと、日曜日はカトさんアヤちゃんと、前回の高尾山天狗トレイルのコース(一部省略)を走ってみた。まだ雪が残るトレイルは新鮮で気持ちいいが、凍結箇所やぬかるみは危険だ。そういうコンディションで足の運び方を確かめながら走った。これまではずっと一人(+Lee)で走っていたので、初めてのセッションで人の走り方やペースなどが見れたり、アドバイスをもらったりして勉強になったし、休憩しながらではあるけれど僕でも走れることがわかり自信になった。

レース1週間前にはRODメンバー数人ですでに発表されていた正式なコースを試走してみた。僕はその日別の予定があったのだが前日夜の急な体調不良でキャンセルした。翌朝少し体調が回復してきたようだったので急遽セッションに参加させてもらったのだ。僕は途中で抜けたが相当キツかった。その苦しさが体調不良のせいなのかコースのせいなのかわからないが、家に帰ってずっとダウンしていた。その後も胃腸の不調が完全には消えず、木曜日になってやっと走れるようになり、レース前日の土曜日も少し走ってみた。その2回のランで、先日の試走で感じた苦しさはやっぱり体調不良がかなり影響していたということがわかった。苦しさの種類が違うのだ。それがわかったおかげでレース当日は不安を払拭して臨むことができた。

そしていよいよレース当日。

朝、アラジンで焼いた餅をほおばり、自宅から日影の会場まで歩いていった。いつもこのあたりを歩くときはLeeも一緒だし山を走るときも一緒だが、この日は一人だ。少し寂しさを感じながらも、これから始まるレースにワクワクしていた。会場に着いてから受付を済ませ、ゼッケンと記録用のチップを受け取った。何もかも初めてだけどあまり緊張はなかった。

RODのみんなとはレースが始まる20-30分前に合流できた。RODからは僕も含めて5人が参加した。応援にも大勢かけつけてくれた。RODの仲間たちと一緒に参加でき、応援してくれているということだけで、かなり心強かった。

Base_camp

レースはウェーブスタートで3グループに分かれてスタートする。最初のグループに割り振られた僕とマーズくんはギリギリスタート地点に移動したのであっという間にスタートとなった。

今回のコースは直前で変更になり、会場で正式なコースを初めて知ったのだが、前に発表されていたコースよりもキツそうだ。小仏城山までの単調な林道登りはけっこう長い。周りに流されないように自分のペースで体の声を聞くことを意識して走った。途中で僕と同じくらいのペースでテンポよく走る人を見つけてその人を勝手にペーサーにした。この登りではだんだん歩く人が多くなってきたのでかなり抜いたと思う。勝手にペーサーにした人も小仏城山手前で抜いた。

そこからはトレイルに入る。小仏峠を経て美女谷温泉まで一気に下る。この区間ではほとんど人に会わず2人ほど抜いた。

今度は底沢峠まできつい登りが延々と続く。この区間はほとんど歩いた。途中で先行する数人の集団に追いついたのでその集団についていった。先日のHiker's PartyでたまたまもらったHoney Stingerのグミがあったのでそれを数個口に放り込んで、ハンドボトルに入れてあったポカリスエットで流し込んだ。

底沢峠からは景信山まで比較的フラットなトレイルが続く。雪やぬかるみはまだ一部残っていたが何度か雪のトレイルを走っていたので問題なかった。シューズはこのコンディションでも滑りにくいように、Inov8 Roclite 312 GTXにした。この区間では2-3人抜いて2-3人抜かれるという感じだった。おそらく10分遅くスタートしたグループの先頭の人たちだろう。

景信山からはまた一気に下りだ。ここでも2-3人抜いたと思う。下りきったら今度は小仏峠まで登り返す。ここが踏ん張りどころだ。急勾配なトレイルに入るまでの林道は一定のペースで走り、トレイルでは歩きに変えた。今思うとここはもう少し頑張って走れたかもしれない。ただレース終盤に向けて少し体力を回復しておきたかった。

小仏峠からはゴールまで序盤と同じコースを戻ることになる。小仏城山までの登りとそこからの3kmほどの林道下りが待っている。

小仏城山までのトレイルを走っていると、「アキラさん、来た!」という声が聞こえた。声の方向を見ると、ここまでRODの仲間が応援に来てくれていた。すごく嬉しくて思わず手をあげて喜んだ。「速い速い!30位以内いけるよ」とランブラーさんが言ってくれてすごく力が湧いてきた。

Takaosantengu_run

最後の林道下りは予想通り足への負担が大きかったが僕にしてはかなりスピードを出して駆け降りたつもりだ。それでも遠く先に一人だけ見えたランナーとの差は縮まらなかった。こういう下りは慣れてないのでぎこちない走りだったと思う。途中ジャキさんらしき人を横目に通り過ぎ(ゴメン、気づかなかった)、さらに下ではキマツさん、ウエちゃんに軽く手を振って、みんな上まで応援に来てくれていたことを感謝した。ゴール手前500mくらいのところで一人抜かれたが、すごく気持ちよくゴールできた。

RODベースキャンプに行ってみると、コバさんも応援に来てくれていて笑顔で迎えてくれた。コバさんにもらったコーラが体に染みる。そして他のRODメンバーのゴールを待った。

Takaosantengu_goal

ひらどんさん、コッシーさん、アヤちゃん、マーズくんと、みんな完走してきた。さわやかなゴール、苦しそうなゴール、それぞれだが、アヤちゃんとマーズくんは僕と同じく初レースだったのできっと人一倍感じるものがあったと思う。

そのうち年代別の結果が張り出された。

年代別(30代)11位。タイムは2:12:27。

総合の順位は出てないみたいだけどおそらく30-40位あたりじゃないかと思う。全体で850人ほど走ったようなのでけっこう上位に食い込んだことになる。初めてのレースなのでこの順位とかタイムがどうなのかは正直よくわからないし、実際目標も特に決めてなかったが、周りからは「速い!」「すごい!」と言われて純粋に嬉しかった。

今回のコースは15kmと発表されていたが実際は18-19kmくらいあったようだ。トレランのレースでは一番短いくらいの距離だと思うが、1,300m以上の累積標高があり、けっこうキツいコースだった。今年に入ってちゃんと走ることができるようになり、1ヶ月ちょっとでそこそこの結果が出たことに自分でもびっくりしているが、自分なりに振り返ってみると要因は2つあると思う。

1つは地元ハイカーとしてのアドバンテージ。高尾に住んで2年になるが、週末の朝はだいたいLeeと山散歩をしている。走ってはいないものの定期的に歩いていたことで知らないうちに基礎的な体力がついていたのかもしれない。そして1月は終わってみれば150km以上走っていた。半分以上はトレイルだ。足場の悪いトレイルへの慣れもある。今回のコースでそのあたりの差が実際どれくらい出たのかはわからないが、少しはあったのだと思う。

そしてもう1つはやっぱりRODの存在だ。RODの仲間たちがいたからこそレースまでの練習のモチベーションも保てたし、レース本番でも心の支えになっていたことは間違いない。それは確実に結果につながっている。レース後半辛いときには、鋸山のビデオで使われていた高橋ちかさんの曲が頭の中を流れていた。

レース全体を通してベストコンディションで走れたのもラッキーだった。年末までの故障、一週間前からの体調不良などあったが、走っている間に足の違和感はなくすごく久しぶりに何の不安もなく走ることができた。この感覚はめちゃくちゃ気持ちよかった。当然足への負荷は今までになく大きかったが、「翌日も少し走った方がいいよ」というアドバイスに従い、いつものようにLeeと走ってみた。この時もやっぱり気持ちよく走れた。1ヶ月前に比べて確実に力がついているようだ。

レース後は家に帰り、シャワーを浴び、息子と遊び、夜は打ち上げに向かった。そこでまたRODの多彩なメンバーのアツいトークが繰り広げられ、あらためてRODの可能性を感じた。今後の展開が非常に楽しみだ。僕も何らかの形で貢献していきたい。

Takaosantengu_afterparty

さて、今回でまずはレースデビューできたので、次はもう少し距離を伸ばしていこうと思う。今なら走れる気がする。去年、根拠なくイメージした山を気持ちよく走る自分の姿に近づけるように。

«僕が山を走るようになったわけ